2015年1月27日

含みのあるはなし

 最近、目につく(耳につく)言葉に「○○を含めて検討する」というのがある。もし、発言がそのまま記事になるとしたら、「と、含みを持たせた」と書かれるところだろう、と思いきや、必ずしもそうではなかったのである。

 発言において、ほぼ十中八九「含め『て』」という形でしか出現しない。きちんと文法に則れば「○○を含め『る』ことも選択肢である」「含『み』を持たせておくことが重要だ」などと言うこともできるにもかかわらず、「含め『て』」ばかりが使われる。数ある語の中のひとつ、というより、「声に出して読みたい」ならぬ「この場面では『含めて』と言いたい」という慣用的な色合いが濃い。話者は条件反射的に「含めて」と言っているのだろう。業界用語のようなもの、であるのかもしれない。この語を使うことで、字数やモーラ数を超えた複雑なニュアンス、例えば「いや〜、最近はたいへんでしてね、あ、とりあえずビール、○○といっても、単に○○だけでは世間が許さんとですよ、○○といっても○○だけじゃないんだと、これ、ワタクシ、たいへん大事だと常々思っておるんですけれども、付加価値、いわゆるプラスアルファというんですかね、あ、柿ピー、○○なんだけれども○○だけではないんだと、そのプラスアルファをですね、今すぐ、とまではいわないし、そんなこと、簡単にいえるわけでもないんですけれども、かといって絶対にないというわけでもなくて、あり得るんだ、可能性としてはある、そういう選択肢、カードをですね、残しておく、あ、枝豆、いや〜、これ、ワタクシ、たいへん大事だと…(以降まだまだ続く)」といったものを、一瞬で伝えることができるのだとしたら、たいへん便利で、省エネでもある。得てして業界用語とは省エネの産物である。

・読書メーター「クラフト・エヴィング商會 > ないものあります」
 http://book.akahoshitakuya.com/b/4480873325

・朝日新聞「柿ピー「黄金比」変わる? 亀田製菓が「国民投票」」(2013年4月24日)
 http://www.asahi.com/business/update/0424/TKY201304230565.html

・日刊工業新聞「ガオチャオエンジニアリング、枝豆の精選別機を開発−1時間に120kg処理」(2014年2月20日)
 http://www.nikkan.co.jp/news/nkx1420140220hlag.html

・日経ネットマーケティング「事例リポート > ライフ〜「続きはWebへ」の先駆者 CMからの導線でアクセスを増やす」(2007年3月23日)
 http://www.nikkeibp.co.jp/netmarketing/case/study/070323_life/

 「含んでおく」という用例もある。事情を理解して心に留めておくという意味である。「含め『て』」を乱発する人にあっては、この「含んでおく」の語義との混同もあるように見受けられる。例えば「いや〜、わかってるんですよ、もちろん、あ、焼き鳥、○○がですね、○○だけだなんて、世間じゃ許されないんですよ、それはわかってるんですよ、塩、塩ですね、ですがね、ワタクシ、30年ほど…(さらに続く)」というニュアンスをも込めて「含め『て』」と表現する、すなわち、「事情を理解して心に留めている、みなさまの顔を立てるワタクシ」といったニュアンスを出しているつもりであるのかもしれない。

・スラッシュドット「ヒートシンクが外れた時CPUはこうなる」(2001年9月20日)
 http://slashdot.jp/story/01/09/20/0239233/%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%88%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%81%8C%E5%A4%96%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%99%82%EF%BC%A3%EF%BC%B0%EF%BC%B5%E3%81%AF%E3%81%93%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%8B

・財団法人塩事業センター「食塩ブランドサイト」
 http://www.shiojigyo.com/shokuen/index.html

・goo歌詞「ザ・クロマニヨンズ > くじらなわ」(2006年)
 http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND46096/index.html

・goo歌詞「森山良子 > 30年を2時間半で」(2006年)
 http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND126880/index.html

 記事において「含みを持たせた」と書かれることは稀である。というのも、本来の「○○」に対してなんらかのプラスアルファとなる「××」への言及がない限り、いくら話者が「含め『て』」と言い張ったところで、含みを持たせたことにはならない。言及される「××」も、これまで取りざたされていなかった新規のトピックでなくては、ニュースにならない。本来の意味で「含みを持たせた」発言をしているのは、日銀総裁ぐらいのものではないだろうか。

 逆に、話者が「含め『て』」とは語っていなくても「含みを持たせた」と書かれている記事が、意外に多い。Googleでニュースを検索してみると、「見極めたい」「承知していない」「まだ議論がある」「落ち着いて考えたい」といった発言に対して「含みを持たせた」としている記事があった。やや難解な例としては、中国で起こされた訴訟が却下も受理もされず「宙に浮いている」ことに関して、中国の報道官が「中国の裁判所が法律に従って案件を処理すると信じる」(原語でのニュアンスは不明)と発言したことを「受理に含みを持たせた」としている記事があった。ここまでくると、もはや字面を表層的になぞりさえすれば判別できるというものではない。「含みを持たせた」と表現しうるかどうかは、かなり高度に解釈される必要がある。

・日本経済新聞「中国「適切に解決を」 強制連行で日本企業を提訴」(2014/2/27)
 http://www.nikkei.com/article/DGXNASDE26002_W4A220C1PP8000/?n_cid=TPRN0005

 「含みのある」といえば、いかにも深い意味がありそうな、それでいてあまり意味のない場合に使われる言葉である。「含むところがある」となれば、恨みや不満を意味し、途端に物騒な言葉に化ける。使う側も受け取る側も、語尾まで一字一句、注意を払わなければならない。似たような表現でありながら意味がまったく異なる複数の表現があることは、たいへん紛らわしい。新聞を斜め読みして「含」という1文字を見ただけでは、どの意味の表現なのか特定できないことになってしまう。通常、紙面上ではどれかひとつだけを使うこととすることで、紛らわしさが生じるのを防いでいる。

 ところが、記事で「含みを持たせる」ばかりを使うことが、かえって市井の人々の誤用を招くこともあるのではないか。新聞を読み慣れ、「含」という文字を見ただけで「含みを持たせる」を連想するようになっている人からすれば、「含みのある」「含むところがある」という文字列に対しても、最初の1文字目で「含みを持たせる」の語義を連想してしまう。語彙統制の副作用というべきか。

 別の話として、「含みのある」を「嫌味な(言い方、話し方)」「(言い方、話し方に)とげのある」という意味で使う例が散見される。現在の辞書では、まだ、その意味は載っていない。辞書を振りかざすわけではないが、どこかに基準は必要で、当座は辞書を基準とするのが最も合理的である。辞書を基準にすれば現在は「誤用」とみなされる用法が、現にそれなりに広まっているならば、その用法になんらかの合理性があるとみるべきである。そうしてみると、「含むところがある」の語義との混同で「口先と本心が異なる」、あるいは「思うところがある(のに、口には出さない)」との混同から「わざと本心を隠す」といったニュアンスが出てきた上で、さらに「(わざと)嫌味なことを言う」「(わざと)とげのある言い方をする」という意味へと転化していったのだろうと思われる。このプロセスは、「ていたらく(様子、ありさま)」が「自堕落ぶり」という意味で誤用されていくプロセスと似ている。

・飯間浩明「ていたらくぶり」(2001年8月25日)
 http://www.asahi-net.or.jp/~qm4h-iim/ktb030.htm

・読書メーター「飯間浩明 > 遊ぶ日本語不思議な日本語 (岩波アクティブ新書)」
 http://book.akahoshitakuya.com/b/4007000751

 さらには、「自堕落(じだらく)」と「堕落(だらく)」の混同も見られる。世は省エネ、より文字数が少ない「堕落」をもって、「自堕落」の語義までカバーしようということか。「堕落」などとは滅多なことがなければ表現されず、仮に、滅多なことがあったとしても、ただちに「堕落」とまでいいきることは許されない。裁判官が熟慮に熟慮を重ねた上で、なお「堕落」と表現するしかないと判断して初めて、判決文で「被告は堕落した生活を送った末、云々」と言及することが、かろうじて許される。不用意に人を「堕落している」などと表現しては、名誉棄損にもなりうる。辞書に載っている語なら何でも使ってよいわけではない。そのためか、イエローな方面の見出しでは「“墜落(ついらく)人生”」(※実際に二重引用符を付けて使われているので、ルールは守られている)といった苦肉の(?)見出しも散見される。単に「転落」では軽すぎる、という判断か。これまた副作用があるもので、「自墜落」と表記するブログがあったりもする。当人の頭の中では「自堕落」が「じついらく」と発音されているのか、「自墜落」が「じだらく」と発音されているのか、興味深い。もはや「誤字等(ごじら)」の世界である。

・誤字等の館
 http://www.tt.rim.or.jp/~rudyard/

 そこまで大げさな話ばかりではないとしても、「家では『干物』なわたし」「休みの日は『トド』!」というニュアンスで使うなら「自堕落」であって、決して「堕落」ではない。字面は似ていても、まったく別の語である。

・Yahoo!知恵袋「「自堕落」と「堕落」の違いを教えてください。」(2007年12月14日)
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213852412

 トドといえば、1989年(平成元年)ごろから1990年代前半にかけての一時期、アシカ、アザラシ、シャチ、イルカの類がたいへん人気であった。

・鴨川シーワールド
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B4%A8%E5%B7%9D%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89

・ウィキペディア「足利銀行」
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E9%8A%80%E8%A1%8C

・株式会社クラレ「将来就きたい職業」(1996年4月〜)
 http://www.kuraray.co.jp/enquete/occupation/
 http://www.kuraray.co.jp/enquete/occupation/2012/girls.html

・レファレンス協同データベース「30年位前の子どものなりたい職業ランキング(人気の職業トップ10、とか新聞記事にもなっているようなもの)を知りたい。だいたい昭和40年〜59年くらいの期間のもの(年は厳密でなくてもよい、だいたい昭和40年代、50年代という大きなくくりでもよい)。」(2007年)
 http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000049749

・学研「50音順職業一覧 > イルカの調教師」
 http://kids.gakken.co.jp/shinro/shigoto/occup/detail/157.html?tit1=50%u97F3%u9806%u8077%u696D%u4E00%u89A7&url1=/shinro/shigoto/occup_list.html

 1988年12月に京葉線が開業した後、葛西臨海公園および水族園が開業したのは1989年6月である。ウィキペディアによれば、鴨川シーワールドでも1989年にシャチのパフォーマンス専用の巨大な施設を新設している。この時点で、既に人気が高まっていたということだ。1991年の足利銀行のCM、および「少年アシベ」の「ゴマちゃん」による視覚的な訴求の反復とも相まって、この種の生物への人々の親近感が一気に高まった。子どもの将来なりたい職業ランキングでも、シャチやイルカのトレーナーが上位に入ったように記憶している。このころに幼少期を過ごし、後にイルカのトレーナーになった方のインタビュー記事があった。

・茨城県男女共同参画チャレンジ支援サイト「2006vol.42 横田 由紀子さん(イルカトレーナー)」(2006年)
 http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/bugai/josei/danjo/challenge/jirei/kojin/pdf/42yokota.pdf

・goo歌詞「パパの歌 忌野清志郎」(1991年)
 http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND3693/index.html

 1990年の清水建設のCMに使われた「パパの歌」の歌詞にあるように、当初こそ「トドのよう」という明喩表現であったが、その後の栄養ドリンクかビタミン剤のCM(※検索したが企業を特定できなかった)で、「(平日は「がんばるわたし」のわたしも)休日は(ベッドの中で)『トド』!」という暗喩表現が使われた。それ以降、「トド」だけで「(休みの日または家の中で)だらしない」、すなわち「自堕落」の意味を表すようになっている。四捨五入すれば、そろそろ30年。当のトドにしてみれば、トんだ迷惑であろう。ブーっとやらかしたくもなるに違いない。いや、上野動物園で見た限りでは、アシカもアザラシも一定時間ごとにブーっとやらかしていた。彼らの視線と脳波を計測したならば、「人、人、子ども、大量の子ども、ブーっ、飼育員、バケツ、エサ! エサ! ブーっ」といった刺激と興奮のパターンが得られるのではなかろうか。このていたらく、含んで見習いたいものである。
posted by tht at 12:00 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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