2015年2月12日

キッチンカー、その魅惑を超えて〜調理師のポストスクール

 路上の弁当屋が増えている。キッチンカーと呼んでしゃれてみても、要は行商、露店の類である。ガード下で魚や野菜やアクセサリやチケットを買わない人までが、キッチンカーとなれば喜んで行列するのである。みなさんが常々、口々におっしゃる「安全・安心」はどこへいったのだろうか。

・日本ケータリングカー協会(JCCA)「もっと!移動販売(Howto)」
 https://www.jcca.gr.jp/idouhanbai/howto/0201.html

 > ここで言う移動販売とは、オリジナルでペイントやラッピングをして改造した販売車両(ケータリングカー)で、フードから小物まで、様々な商品をイベント会場や遊休空地、オフィス街の施設駐車場などで販売する業種のことです。
 > キーワードは、楽しくてお手軽なこと!売っている商品もそうですが、低予算で起業し、自由に出店場所や営業時間を自分自身で決められることから、自由に生きたい若者や女性に人気の職業となりつつあります。

 > また、固定店舗を開業するまでのステップとして移動販売をする方も多いことでしょう。その場合も目標値や期間を決めて取り組むことが効率的です。

 > 調理営業などのケータリングカーは、保健所の許可がないと営業ができません。
 > 車両を購入する前に、販売する商材のイメージをハッキリさせ、まず保健所に相談に行きましょう。
 > その後、許可基準に添った設備の車両を購入し、あなたのイメージに合うように内外装を改造するのがベスト。
 > 取扱商品によっては営業許可が出ないこともありますので、じっくり考えてから購入を決断しましょう。

 いまはやりの(?)移動販売のうち、車内で調理を行なうものがキッチンカーと呼ばれる。キッチンカーのほとんどは、専門学校を出て飲食店で修業したのち、自分の店を構えるまでの間に腕試しや貯金のためにやっている若い人たちだという。調理のプロではある。しかし、設備の整った飲食店の厨房とは違い、衛生管理が難しい。虫除けの網戸もなければ空調も効きにくい。調理師のカリキュラムは、基本的な衛生管理を別の資格者が行った上で、つまり、既に衛生的である厨房でおもむろに調理するということが前提である。キッチンカーを担うに十分なカリキュラムではないのではないかと想像する。

 また、移動販売のうちキッチンカーではないが食べ物、特に調理済みの弁当などを販売するケースでは、さらに規制の対象外となり、調理や衛生管理の資格を問いにくい状況にあるといわれる。ここを制度上どうしていけば、安全に、変化に富んだ多彩な弁当の食べ歩きができるのか、というのが昨今のトピックである。

・東京都中央区「路上での弁当販売に関する監視指導を強化します」(2014年9月30日)
 http://www.city.chuo.lg.jp/smph/kenko/hokenzyo/syokuhineisei/gyousyoukyouka.html

 > 区内では、昼食時近くになると、路上での弁当などを販売する「行商人」や「営業自動車」が増えています。こうした行商人等が、その場に留まって販売したり、路上で商品を陳列するなど、ルールが守られていない例も、多くなっています。

 > 保健所では、これまでも苦情があれば現場を調査し、無届や衛生基準違反、製造者・消費(賞味)期限の無表示などがある場合には、販売中止や改善の指導を行っています。

 > (注2)22年以降は、調査票提出者のうち、ルールを守っていることが確認された方に鑑札を交付しました。

 > 中央区保健所では東京都の通知に基づき、弁当類の行商については、固定店舗又は食品営業自動車での営業に変更するよう指導しています。

 保健所としては、行商は管轄外であるため、食品安全や衛生に関する苦情が出るまでは動けないという立場にあるのだろう。いざ苦情が出て出動したとなれば、弁当は行商(保健所の許可が必要でない)ではなく食品営業自動車(保健所の許可が必要となる=いわゆるキッチンカー)で販売しなさいと指導するわけである。しかし、保健所としてはそれ以上、行商に対して権限が及ぶものではない。行商があくまで行商として弁当を売り続ければ、その部分に関してはどうにもできないことになる。

 東京都の食品安全審議会の答申を見てみよう。

・東京都食品安全審議会「弁当等に関する食品販売の規制の在り方について(答申)」(2014年2月)
 http://www.metro.tokyo.jp/INET/KONDAN/2014/02/DATA/40o2h201.pdf

 > 2 諮問理由
 > 都は、食品製造業等取締条例において、弁当等の販売については、固定店舗での販売形態を許可制である食料品等販売業として、また、人力により移動しながら販売する形態を届出制である行商として規制している。
 > 近年、弁当等の行商については、路上に大量に陳列して販売するなど、本来の移動しながらの少量販売とは異なる形態が見受けられ、弁当等の販売に係る衛生上の問題発生が懸念される状況にある。
 > このような実態を踏まえ、弁当等の食品の販売に関して、安全性を適切に確保するための合理的な規制の在り方について諮問する。

 答申としては、路上での弁当販売の現状を調べ、屋外(路上)での弁当の劣化(細菌数の増加)を調べ、行商と食品営業自動車という制度には手を付けないまま、実質的に安全が確保される方策をまとめたという格好になる。

 > (3) 自動車で弁当を運搬し、多数の行商人を動員して、組織的に大量の弁当を販売する等の事業者の増加
 > (3) 弁当の販売については、販売形態の違いにより許可制と届出制が存在し、規制のレベルが異なっているため、リスクに応じた規制の在り方について、制度全体の見直しが必要であること。
 > ・ 78%(203/260)の行商人が食品衛生責任者の資格を有していなかった。
 > ・ 61%(158/260)の行商人が衣装ケースなど保冷容器でない運搬容器を使用していた。
 > ・ 48%(126/260)の行商人が運搬容器の蓋を開けたまま販売していた。

 > ・ 合成樹脂製容器について遮光性の有無による温度変化を比較すると、遮光性が無い場合は、容器内の温度が約20℃高くなっており、直射日光が容器内部を温める事によることが原因と考えられた。
 > ・ 屋内外に設置した場合の容器表面の温度変化を調べると、28℃に設定した屋内では約25℃であったのに対し、屋外では約40〜50℃(外気温は約33〜37℃)と、外気温より10℃以上高く、直射日光による放射熱や下面のコンクリートからの反射熱等により容器が温められ、この熱が容器内に伝わることでの容器内温度が上昇することが示唆された。

 > これらの問題点を踏まえると、行商用弁当による食中毒の未然防止のためには、製造から販売までの各段階で、一貫した温度管理を確実に実施し、さらに、責任の所在を明確にする仕組みづくりが必要である。
 > このため、行商用弁当の製造段階では、施設に対する監視指導の強化を行うべきである。また、販売段階では、屋内をはじめとしたより安全な販売形態への誘導を第一として、やむなく屋外で一時的に人力により移動して販売する場合にあっては、衛生上必要な要件を整備すべきである。
 > なお、これら新たな対策の実施に当たっては、弁当類と同様の衛生管理が必要であるそう菜類も同様の取扱いとすることが適当である。

 「弁当は弁当である」という視点から、販売形態の違いだけによって大幅に規制のレベルに差異が生じることがないようにするのが目的である。結論としては、より規制がしやすい「製造段階」での監視および指導を強化(新しい業務を始めるのでなく、既に行なっている業務の人員を増やしさえすればいい)というところに落ち着いており、行商に温度管理を義務付けることなく、実質的に温度管理の徹底につながる「屋内販売への誘導」をすべしとしている。東京都の審議会で出せる結論(法令を大幅に改正せずに実施できる対策)はここまでである。

 保健所のウェブページをひも解く。素人の大量調理は危険だと、はっきり書いて…はいない。保健所では大量調理施設を対象とした指導は行なっているが、個人への啓発は必ずしも保健所の仕事ではない。そこで、上位の研究所のページを参照すると、あった。

・東京都健康安全研究センター「素人の大量調理はやめましょう」(2006年)
 http://www.tokyo-eiken.go.jp/assets/issue/health/12/1-5.html

 素人の大量調理では、手際が悪く調理前に食材が傷む、大鍋で全体の加熱が不十分になる、そもそも大量調理に向かない献立を大量調理しようとするなど、問題が多いことが指摘されている。しかし、指摘されるまで気づかないのが素人というものだ。誰もが必ず、どこかで一度は「素人の大量調理は危険」だと教わることができるような体制がほしいところである。かといって、素人の大量調理をすべて禁止としてしまえば、災害時の炊き出しにも許可や資格が必要となってしまう。非現実的だ。

 もちろん、調理師としては、学校や飲食店での経験上、衛生管理の知識も十分に身に着くだろうとは思われる。ただ、制度上の保証がなく、現場によって水準に差があり過ぎるのではないか。有資格者でありながら素人同然という最悪なケースを想定しておかなければならない。ずさんなキッチンカーが1台あるだけで、すべてのキッチンカーに疑いの目が向けられかねないのが今の世の中だ。キッチンカーで食中毒が起きて、キッチンカーそのものが問題視されるのは時間の問題だろう。あれだけ喜んで行列していた人たちが、手のひらを反すようにキッチンカーを非難しはじめる。返金に応じないといって怒り出し、手当たり次第にキッチンカーを壊す。いや、さすがにそこまではいかないことを願う。

・学芸出版社 都市環境デザイン会議 関西ブロック「秋葉原の歴史」
 http://www.gakugei-pub.jp/judi/forum/forum12/fk12027.htm

 > 当時日本を占領していたGHQが、道路拡幅をするために、「露天商撤廃令」という条例をつくろうとしました。そこで露天商のひとたちが団結してGHQに陳情しに行ったところ、当時の国鉄と東京都が温情策として、秋葉原駅に隣接するの高架線路の下の空間があるからそこに集まって商売をしなさいと、場所を与えたわけです。

・東京電機大学「大学の沿革と歴史」
 http://web.dendai.ac.jp/about/history/history.html

 > 秋葉原電気街を育てたのはTDU
 > 第二次世界大戦によって焼け野原になった神田小川町・須田町に、真空管やラジオの部品を扱う露店が現れました。キャンパスに隣接であり、戦後すぐ授業を再開した東京電機大学の学生が殺到し、電機部品を買い求めました。ラジオ製作のブームともあいまって、露店数は続々増加。その後、露店撤廃令(1949年)によって、店はキャンパスから徒歩10分以内の秋葉原に移転し、秋葉原電気街が誕生しました。

 時代は繰り返す。その昔、「露店撤廃令」で店を出せなくなった露天商たちは、近代的な組合をつくり共同の店を構えるところまでは進んだものの、中身は露天商のまま、それ以上に近代化することはなかった。そのなれの果てが、いまガード下で閉店しようとしている各種の店である。

 キッチンカーは夢である。キッチンカーに夢を見る人たちに、もっと先へ進んでもらいたい、というのは、夢の見すぎだろうか。特段の工夫をすることなく漫然とキッチンカーのブームにあやかるのでは、そのブームを支えるコアな世代が高齢化するにつれ、自然と下火になり、やがて消えていくのが目に見えている。ぜひとも、次代に続く近代化の基礎を築いてもらいたい。

 まず、何が何でもキッチンカーでなければならないのかどうか、考え直すことが重要である。消費者の反応をダイレクトに知るべく、弁当の販売を対面で行なえさえすればよいのであれば、改造した自動車を自分で保有する必然性は乏しく(むしろ自己満足であるともいえる)、保冷車や弁当の冷蔵陳列ケースを共同で調達・運用してもよいだろう。まだ店を持たない若い人が集まって組合をつくり、土地を借り、プレハブの共同厨房を建てていけば、よいのである。

 同じ厨房、同じ保冷車、同じ冷蔵陳列ケースが縁で意気投合する者たちも出てくるだろう。斬新なメニューも生まれるだろう。公的機関が衛生管理者を派遣して常駐させてもよい。ここまでくれば、もはや実地的なポストスクール(学校を出た後の学校)である。ちょっとしたフランチャイズ・チェーンともいえる。個々の調理師個人が三々五々と行商をしては消えていくという「クラウドっぽい」のも近代的といえば近代的ではあるのかもしれないが、あまりにもあやふやであるという印象を拭えない。いままで個人の努力や注意力、良心といったものに委ねられてきた部分を、しかるべき制度や体制によって保証していくことこそが近代化といえる。
posted by tht at 12:00 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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