毎日新聞社説についての追記。誤解が3つほどあるようです。科学的に感じられる「風の息づかい」があるということと、社説は運転士を非難しているわけではないということ、それに、「五感」というのは当たり前の生活感覚のこと、ということです。
いろいろなブログを読みますと、その書き手が風についてどんな理解をしているか、ということが如実に表れていることがわかります。普段は風のことなど考えもしない人、理科の時間に居眠りしていたタイプの人、試験のために勉強しただけで理解が浅い人、いろいろです。よく、「書評は人をあらわす」とか、もっと身近なところでは「食べ方に人が出る」と言いますが、それに似ている気がします。うかつに変なことは書けません。
誰も彼もが「風の息づかい」を笑いますけれども、風が何によって起きているのか、気象全般に関する基礎的な知識があれば(中学校の理科で習う範囲で十分)、それなりに予測ができるというものです。寒冷前線の通過、積乱雲、もう少し生身の感覚としては、無風状態から突風は吹かない、突風が吹くのはいくらかは風が強くなってから。湿度や風向きも重要な情報です。そういうことの積み重ねが科学なのであり、スーパーコンピュータを使うのが科学、というわけではありません。
※スーパーコンピュータといえども、やっていることは人間と同じで「こういうときにはこういう風が吹く」という統計からの推測。雪国に長く住んでいるお年寄りの勘と大差ない(どちらも侮れない)といえます。ついでにいえば、お年寄りまでもが「こんな大雪は経験したことがない」というくらい、今年の寒波は並外れているのです。
突風の予測が難しいのは事実ですが、だからといって「気象庁のものすごく頭のいい人」でなければ何もわからない、というものでもありません。わかるかわからないか、0か100かではないのです。何のために天気予報で天気図が出てくるのでしょう。あれは飾りではありません。「国民の大半が天気図を読める(低気圧と高気圧、前線ぐらいはわかる)」といって教育の充実ぶりを誇っていたのは、もはや昔話なのでしょうか。衛星画像にしても、真っ白なら発達した雲なので要注意、という意味が伝わらず、なんとなく眺めているだけの人が多いのでしょうか。
もう一つの誤解は「鉄道マン」=「運転士」。「鉄道マン」というと、名札をつけている社員すべて、社長まで含まれる表現かも知れません。
> 設置場所が限られた風速計に頼っているだけでは、危険を察知できはしない。
> 五感を鋭敏にして安全を確認するのが、プロの鉄道マンらの仕事というものだ。
これも、せっかちな読者が後半部分だけをつまみ出すから変になるのです。わずかばかりの風速計に頼りきっている指令を「しゃくし定規な話ではないか」と批判している文章です。この社説では、明らかに全体の論調としても指揮命令系統で上に立つ側を批判しています。
※その判断を支えるのは運転士や駅員などの現場ですから、現場に対しても「しっかりせい」と言っていることになるでしょうか。ただ、そちらは責任云々とは別の話ですね。命令に従っている限り、責任は上司にあります。
> 運転士も「突風で車体がふわっと浮いた」と話しているという。
> 暴風雪警報下、日本海沿いに走るのだから、運行には慎重であってほしかった。
このつながりが読み取れないのは、「運転」と「運行」の意味の違いを理解していない人が多いからなのでしょうか。「運転」というのは運転士の操作のことで、「運行」というのは指令員の判断・命令のことです。社説としては(ケガもした)運転士に同情を示しつつ、暖かい部屋の中で窓の外も見ず風速計のデータだけを見て(…というのはあくまで想像図ですが)「平常通り走れ」と命令していた(「徐行せよ」と命令しない限りはそういうこと)指令員を批判しているのです。
もう少し指令員にも同情するとすれば、彼らもまたマニュアル通りに仕事をこなしていただけなのです。マニュアルがすぐに直せないなら、例えば指令室にテレビかラジオでも置いてNHKをつけっぱなしにして、「発達した低気圧が…」「前線が…」「…警報」と聞こえたら注意を払う…。つまり、日常生活の感覚を現場に持ち込め、といっているのではないでしょうか。「五感」というのも、そういう意味だと私は読み取りましたが…。
※お店屋さんとかビルの守衛さんなどは実際、聞くともなしに天気予報を耳にしつつ、空も見上げつつ、さりげな〜く傘立てを出したり引っ込めたり。それが「風の息づかい」「五感」ということで、何も特別なことではないはず。それすらできないような規律ガチガチ…もしくは自分の責任で判断できない機械人間だらけの職場というのは、人間にとってもストレスの元でミスの元になりかねず、サステナブルではないでしょう。
※自分が今いる場所で5分後に雨が降るか、という程度なら、天気予報に頼らずとも空の色や空気のにおいでわかるものです。とはいえ、最近は天気予報が「曇り」だと言うと傘を持たずに出て、雨の気配にも鈍感な人が多いようで。というより、天気についてあまりにも無関心なのではないでしょうか。となると、私の「感覚」の話はまったく通じないのかも。あな恐ろしや。
2006年1月3日
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見出しの「浮ついてないか」という表現は的外れだと思いますが、マニュアルに頼るあまり、「暴風雪警報」が出ても徐行せず、ということが起きたわけです。これはきちんと追及されるべきでしょう。(新聞がざわざわ書かずとも、事故調がいろいろ調べるはずですが。)
だからといって、指令より上の人が「今日は止めろ」「まだ大丈夫だ」などと口を挟む組織というのも良くないに決まっています。マニュアルだけで現場が動くというのは大切なことです。
難しいですねぇ。