2008年12月30日

草食動物のおいしい光沢感〜クラゲからキャベツまで

 「脳と質感、透明感と浮遊感」へのアクセスが意外に多い。質感と脳科学というテーマはホットでトレンディらしい。そこで、最新のトピックをチェックしてみると、また一つ問題が解決されていた。

 前回の記事では、作りかけのフリーソフトに関連して、こんなことを書いていた。「透明であること」と「透明感があること」は別で、単にAPIで半透明表示にしただけでは、まったく「透明感」が出ない。「透明感」とは、ビジュアルとしては映り込みを描くことによって表現できる…。今回は、その映り込みをヒトがどうやって認識しているのか、という話である。

・NTT研究開発この一年 2008年報「物の質感を見る脳の仕組みを解明」
 http://www.ntt.co.jp/RD/OFIS/active/2008pdf/hot/ct/06.html

 > 人間は光沢感や透明感、柔らかさなど表面の質感を瞬時に感じとることができます。人間はどのようにして質感を知覚することができるのでしょうか?物理的には、質感とは表面の反射特性のことです。複雑な凹凸を持つ表面の映像からこの反射特性を推定するのは、非常に難しい問題だといわれてきました。つまり、脳は非常に高度な情報処理のメカニズムを駆使して、質感を判断していると考えられていました。

 > NTT研究所では、人間は映像の中の単純な統計的性質を利用して、質感を知覚しているということを明らかにしました。例えば、表面の明るさや光沢感を判断するときには、脳はその映像の輝度ヒストグラムの歪みを計算しているだけなのです。質感の知覚は、意外なほど単純な視覚メカニズムに基づいている可能性があることが分かりました。

 見逃していたのだが、実は2007年に出ていた研究成果の続報のようである。

・NTT持株「物の質感を見る脳の仕組みを解明 〜画像の明暗分布の歪(ゆが)みから光沢や明るさを知覚していることを発見〜」(2007年4月18日)
 http://www.ntt.co.jp/news/news07/0704/070418a.html

 > 質感の物理に関する多くの研究は、質感が非常に複雑な光学現象の産物であることを示してきました。例えば、人間の肌のような透明感のある質感は、あまりに複雑なため、最新のコンピュータ・グラフィクスでも再現するが難しいほどです。こうした複雑さは、質感を知覚するためには非常に高度の複雑な脳情報処理が必要であるかのような印象を与えます。しかし、今回の研究は、それが意外にも低次の視覚情報処理に基づくことを示しており、「質感の脳科学」の扉を開くものです。

 > 質感は、わたしたちが見ている世界のリアリティーや豊かさ、美しさを支える重要な要因です。この質感の知覚が二次元画像の簡単な処理により予測されたり制御されることを示す今回の知見は、工学的にも格別の意味をもつと期待しています。例えば、今回の発見した知見をさらに拡張して応用すれば、表面の質感を、画像に簡単な処理を加えるだけで、自在に操ることも可能になるかもしれません。

 水の流れの描写の話とも似ているが、一見すると複雑に見えることも、要素を一つ一つ分けていけば、きっとシンプルな法則なり処理なりに従って動いているだけなのが常であるが、それを分けていくのが難しいのである。クラゲの発光物質とも似ている。

 これは質感とは言わないのだろうが、「浮遊感」といえば、何といってもクラゲである。「浮遊感」を標榜する製品デザインの流行と、「クラゲ研究でノーベル賞」というのが同時代性を示すというのは、偶然の一致ではないのかも知れない。クラゲ研究は、当人にとっては既に大昔のものであるわけだが、それが今、注目されるということがおもしろい。デザイナーが目新しいデザインを探っても、ノーベル財団がまだ授賞していない研究テーマを探しても、同じようにクラゲ(もしくはクラゲ状のデザイン)に行き着くからには、きっと根底では共通する方向性を持っているのではないだろうか。

・ThinkIT「カラートレンドを意識しよう! 第4回:2009-2010年の流行色は何色?」(2008年12月24日)
 http://thinkit.jp/article/731/1/
 http://thinkit.jp/article/731/2/
 http://thinkit.jp/article/731/3/

 好景気だとブラック系+ビビッドな色、不景気だとブラウン系+暖かい自然な色が流行するという。長年、アパレル業界で言われ続けてきた定説である。ブラック系…というと、Vistaの配色そのものであるわけだが、Vista発売直後はともかく、世界的な金融危機で景気が急減速した今、Vistaのヒットはカラーの面から考えても、あり得なくなったといえる。2008年にはどっちつかずであったが、2009年から2010年にかけては、はっきりブラウン系にシフトしていき、色としてはピンクとグリーンが流行する(させたい)ということらしい。

 折りしも、小型車を中心に淡いピンクやグリーン、ライトブルーなどのカラーが増えている。一昔前には見かけなかったような色である。80年代に撮影された航空写真に写っている道路や駐車場を見ると、白・黒・赤…といった渋い色のクルマしか見当たらない。90年代は、黒やダークグレーのRV車でスキー場へGo!な時代である。豊富なカラーバリエーション(最近は「カラバリ」と略すらしいが、「ゼロハリ」と紛らわしい)を用意できるためには、多品種少量生産が可能な「カンバン方式」の確立や、塗料・塗装技術の開発も進む必要があった。とはいえ、実際にピンクやグリーンのクルマが街中にあふれるためには、この手の色が受け入れられる下地がなければならない。既に2010年に向けた控えめな心理状態になっている消費者も少なくないというわけだ。

・ITmedia「MS、カラバリ6色用意したモバイル向けのワイヤレス4ボタンマウス」(2008年11月4日)
 http://plusd.itmedia.co.jp/pcuser/articles/0811/04/news046.html

・マイクロソフト「Microsoft Wireless Mobile Mouse 3000」
 http://www.microsoft.com/japan/hardware/mouse/wi_mobile3000.mspx

 こちらの製品にも、きちんとピンクとグリーンがラインアップされている。とりわけ、メタリックグリーンのほうは欲しくなるような色をしている。

・マイクロソフト「Microsoft Wireless Notebook Optical Mouse 3000」
 http://www.microsoft.com/japan/hardware/mouse/wi_note_optical3000.mspx

 こちらの製品に至っては、もとは2006年発売のモデルであるが、今になってグリーンを含む数色を追加発売したという。いかにグリーンが求められている(とマイクロソフトが判断した)かが垣間見える。

 クルマの話でいうと、最近の「エコカー」は「草食動物的」というキーワードで括られるらしい。「草食動物的」というのは、意外に今後の社会の在り方を言い得た表現なのかも知れない。だからグリーンなのかと早合点して朝飯前の道草を食おうではないか。

・三菱UFJリサーチ&コンサルティング名古屋経営戦略部「ショートエッセイ 酒井英之の3行日記」
 http://www.murc.jp/nagoya-keisen/short_essay/2_2_2006.html

 > 2006年11月07日(火) たまごっち復活の秘密(3)社員の気質
 > バンダイの社員を見ていて感じたのは、とても優しげな人たちということ。草食動物系で、逆に言うと肉食動物系の人は居ない感じだ。それだからこそお互いのアイデアをちゃんとい評価し、お互いの知恵を持ち寄り、面白いものを世に問うことができるのだろう。逆に「俺が俺が」という人は、その和に加われない。リッツカールトンの人と同質だと感じたが、時代はどんどん草食動物系に向かっている。

 質感、光沢感の話に戻ろう。

・「表示デバイスの特性に依存しない光沢感再現方法」(2005年)
 http://jstshingi.jp/2005/pdf/102805.pdf

 ネット通販で服を買うときに質感がわかるとありがたい、というのが研究のモチベーションだという。なるほど、現状では、例えば店頭で見たり触ったりしたことのある過去の商品の質感を記憶していて、新商品の写真を見たときに過去の商品の質感を想起して購入を決定している。あるいは、類似品を触ったことがなく、質感がまったく想像できないような商品の場合、ネットオークションに出品されているものの画像を手当たり次第に収集し、写り方を見比べて質感を類推するといったことをしている。これで大方、困ることはないのであるが、もちろんディスプレイ上で質感が正確に再現できるに越したことはない。とはいえ、それは案外、カタログ通販の商品写真を撮っているプロカメラマンの撮影ノウハウといった形で既に明らかになっていることなのかも知れない。

・「人が感じる臨場感の知覚認知メカニズムと評価技術の研究開発」
 http://www2.nict.go.jp/p/p463/event/keihanna/PDF/andou.pdf

 質感、光沢感を含めた感覚は「臨場感」と総称されるらしい。「環境音」も重要な要素だという。拙作のサウンドプレーヤー「発車ベルスイッチ」でも「環境音」のバックグラウンド再生に対応しているが、これはとても簡単な仕組みでありながら高い臨場感が得られる。どうしてそう感じるのかを突き詰めるのはたいへん難しいことだが、そう感じるようにデザインするのは、案外やさしいことだったりもする。このあたりに、技術開発と基礎研究の境界線がありそうだ。

・日本心理学会 第70回大会 シンポジウム S14「知覚と感性‐視覚と表現のリアリティー‐」(2006年)
 http://db1.wdc-jp.com/jpa/conf2006_program/program_abstract_download.php?i=J1Go.7GGm5&x=yJl8KSX

 > 質感知覚の心理学:絵画手がかりと画像統計学 本吉 勇
 > わたしたちは明るさや色のみならず金属の光沢や肌の透明感など豊かな質感を容易に見分けることができる.本論では,脳が画像のなかに含まれる手がかり(cues)を有効に用いて質感を推定している可能性を,西洋絵画技法との関係において示すとともに,一部の手がかりが低次の視覚機構で検出されることを画像統計解析と心理物理実験に基づいて証明する.

 まさに絵画技法の知見が冒頭に挙げた研究成果につながっていたとは、示唆に富む話である。また、光沢感の認知は食品の鮮度の把握に必要なため、かなり低次の生理的な機能として備わっているという話もある。

・日本視覚学会 2008年夏季大会プログラム
 http://www.uchikawa.ip.titech.ac.jp/vsj2008s/_userdata/abstracts.pdf

 > 野菜の鮮度知覚に画像特性が及ぼす影響
 > 我々は食品の鮮度を日常的に視覚によって判断しているが,それがどのような情報に基づいて行なわれているかは明らかにされていない.そこで今回,キャベツをサンプルとして鮮度劣化の過程を撮影し,その画像に基づき鮮度劣化に伴う輝度ヒストグラム形状の変化が鮮度知覚に及ぼす影響を実験的に検討した.刺激として,同一のキャベツを中温用エアコンで室温制御した環境下において数時間ごとに鮮度劣化の様子を撮影した画像と,鮮度劣化過程における輝度ヒストグラムをマッチングさせて生成した画像を用いた.被験者は画像を自由に観察し,刺激画像のキャベツの鮮度を評定尺度法によって評定した.その結果,鮮度が高い画像に対して劣化画像の輝度ヒストグラムをマッチングさせた刺激の場合も,逆に鮮度が低い画像に相対的に新鮮な画像の輝度ヒストグラムをマッチングさせた刺激の場合も,輝度ヒストグラム操作方向に鮮度評価がシフトする傾向が見られた.これは,鮮度劣化に伴う形態の変化とともに,画像の統計的輝度分布情報が野菜の鮮度の知覚の手がかりとして働くことを示唆している.

 私はどうも、光沢感のあるWeb2.0風のデザインやVistaのスタートボタン、街中をユルリと走るグリーンなエコカーを見るたびに「和菓子みたいで『おいしそう』」と思ってしまうので困っていたのであるが、これは食いしん坊だからではなく生物として当然の知覚であるとわかって安心したことを付け加えておきたい。カラスが光るものを持ち去ることや、ネコに光沢写真(画面上での表示でなく、DPEでプリントしたもの)を見せると食べようとするのも、実は光沢感に基づく自然な行動なのかも知れない。
posted by tht at 18:20 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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