2006年2月5日

未来の借景

 ウェザーニューズの「ライブカメラCh.」。これを見て「借景」という言葉が浮かんできました。

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 ライブカメラ自体は珍しいものではなくなりましたが、こうして一覧性と検索性を兼ね備えた「できのいい」ポータルサイトができるというのは、新しいステージに突入した証拠といえそうです。

 新しいものが好きな人なら、とうの昔に一度はライブカメラサーバーをたてて遊んでみた経験があるかと思います。でも、飽きるんです。他の人にとっては新鮮だということが頭でわかっていても、カメラサーバーの維持管理に飽きてしまうわけです。そこをウェザーニューズ社が面倒見てくれるというのなら、なんかいいなぁと思います。これならライブカメラも普及するのではないかと思えてきます。

 話は変わりますが、NHKの研究所では「走査線4000本超」で「22.2chサラウンド」という「スーパーハイビジョン」の実験を行なっています。今はまだ映像伝送に苦労するようですが、インターネットの大容量化とP2Pやマルチキャストによる通信の効率化が進めば、カメラから家庭まで映像がダイレクトに届けられるようになるでしょう。

 壁や窓がスクリーンになっていて、いつでも好きな場所の景色に切り替えられる…というのは、実現していない割には今さら目新しくもない未来像の一つでしょうか。それでもやはり、こういうことが実現していくのだとしたら、とてもワクワクします。曇っていても雨が降っていても、ありのままに…各地の景色が24時間365日ずっと、スーパーハイビジョンクラスの画質で生中継される時代がきっとくるはず。その時にはテレビや映画は立体になっていて、それよりは見劣りするかも知れませんけれども。

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 …本題は「借景」でした。「借景」という文化が技術的な後押しを受けて、今までになく大いに発達するのではないかと思うのです。

 ある建物の中から見れば「外の景色」が見えるわけですが、外から見ればその建物自体が「景色の一部」になるわけです。どんな景色も、よそさまの建物や敷地を見ているだけ。どんなすばらしい景色も「借景」に過ぎないのです。従って、自分の家や庭もよそさまから見れば景色になることを考えれば、周りと調和するデザインにしたり、美しい生け垣や庭を作ったりする手間ひま(+お金)を惜しまないのは当然のことだったわけです。

・借景の保全に手間ひまかけている例…「背景保全地区」

・借景といえば借景…「対向するまなざし」

借景を持つ家

 すばらしい景色を手にするためには、地域への貢献が必要…いわば「物々交換」の関係によって、地域の景観は作られてきたわけです。ところが、自分の家を自分で建てるわけではないマンション…その建設ラッシュによって、この関係が急速に崩れているのです。実際に住む人が設計に参加するわけではないので、コストとの兼ね合いで「万人受けする無難な」デザインにせざるを得ず、「妥協の産物」となってしまうのです。

 マンションに住む人にしても、住むだけで「見晴らしのいい眺め」がついてくるような感覚でしょう。地域に対して何の貢献もせずとも、すばらしい景色が手に入る…一方では周りに大小さまざまな影を落としておいて、自分だけは遠景を堪能する…ちょっといびつ過ぎはしないでしょうか。共働き世帯で昼間は無人…その間も建物はそびえ建っているのです。せっかくよく晴れた日の昼間、遠くで富士山が笑っているのを誰も見ていないなんて、もったいなさ過ぎます。一つの超高層マンションが、その地域で共有される「見晴らし台」としての役割をも果たすなら、ちょっとは影になったって文句は言わない…という人もいるのではないでしょうか。

 「物々交換」を抜け出すには「貨幣」の登場を待たなくてはいけません。「美しい眺め」というものが「保存」「交換」「流通」できるようになれば、また新たな秩序が生まれてくるのではないでしょうか。つまらない立地の家に住んでいても好みの眺めが得られて、ささやかな幸せを味わえるかも知れません。まさに文字通り、手元にないものを借りる…「借景」。現金や預金がなくても家や車をローンで買うのと同じですね。

 ウェザーニューズの「ライブカメラCh.」を「21世紀の『借景文化』を築いていくための第一歩」と見るのは買いかぶりでしょうか。

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 余談ですが、鎌倉や国立などでは、いわゆる「先住民」が後から来る「新住民」を拒む構図が生まれています。ある地域に多くの人が住むには、マンションなどによる集積化が必要です。そのマンションを建てると景観が壊れる、という主張は、運良く先に移り住んだ人が、豊かな自然や歴史ある町並みを独り占めしたいと主張しているのに等しいといえます。そのつもりがなくても、です。

 歴史ある町並みを抱える自治体としては、何の変哲もない自治体と比べれば景観の保護や維持にお金がかかるはずです。ある程度は住民が増えることに期待もあるでしょうに、先に住んでいる人の主張を採り入れてマンションの建設を規制するばかりでは、将来が危うくなってしまいます。今住んでいる人は、年々歳をとっていきます。新しい住民、若い世代の定住を促すことは、自治体の責務であるともいえます。

 例えば、エリアを限定して地下の階層の方が極端に多いマンション(例えば地下8階地上1階の9階建て※)の建設を許可すれば、高層化を防ぎながら集積化を図ることができ、多くの人が鎌倉に住めるようになります。地下の住戸では地上や屋上に設置したカメラからの映像を窓(にあたる壁)に映写する、というので十分という人もいるはずです。住所は紛れもなく鎌倉で、外に出れば本物があるわけですからね。カーテンの開け閉めからも解放されますから、若い世代には受けるでしょう。古い人たちには「そんな『幻影御殿』に住んで何がおもしろいの」と笑われそうではありますが。

※傾斜地を利用したいわゆる「地下室マンション」ではなく、本当に地下=完全に地中に埋まっている部分が多い建物という意味です。国会図書館が実際に地下8階まであり、地下8階でも外光が届く「光庭」を設けているとのこと。本を安全に保管できるなら、人が生活する空間だって作れるでしょう。多少高くつくとしても、鎌倉に住めることには代えられないと思う人もいるはず。

 デベロッパーにしたら「窓のない部屋に金を出す人などいるものか」と思うかも知れませんが、発想の転換は重要です。朝日新聞の夕刊に「文字だけのシンプルなカレンダーが売れに売れている」という記事が出ていましたが、最初は「絵も写真もないカレンダーにお金を出す人などいるものか」と言われていたとのこと。いろいろと示唆に富む話だと思いません?
posted by tht at 10:26 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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