2014年2月22日

かけ込み量産+α〜春闘はスイーツのあとで

 チョコレートを「かけ込み」で「量産」するという。といっても、増税を控えた秘密のチョコレート工場ではない。バレンタインデーの話である。

> ◆ 01. 『オレンジページ2月17日号』 特別定価350円
> http://www.orangepage.net/books/876
> ○市販のお菓子+板チョコで量産モード
> かけ込みバレンタインスイーツ

 1月31日にメールマガジンで配信された、料理雑誌の見出しである。その後、2月4日配信のメールマガジンでは、ほぼ同じ趣旨のウェブコンテンツの紹介文で、以下のようにまともな表現に代わっていた。

> 市販品で作るお手軽スイーツ

 時間のある時にまとめて調理して、スーパーやコンビニのプラ容器(通称「エフピコさん」)にパック詰めして「惣菜工場」としゃれこむことはある。パックごとに「きょうのエフピコさん」「あしたのエフピコさん」と名前をつけて保存する。「量産」といえば「量産」である。けれども、それを書き言葉で、地の文で括弧も付けずに書くのは、はばかられる。

 大量安定供給が至上命題であるならともかく、作ること自体を楽しむ食べものに関して「量産」という言葉を使うとは、どういうことか。同じものをたくさん作る、という文字通りの意味だけでなく、歩留まりが云々、ロスが出ることを見越して多めに作る、単調な流れ作業、FA、産業用ロボット、といった、およそ楽しくないイメージがつきまとう。その上、「かけ込み」である。JRグループの雑誌にあるまじき、とまではいわないが、その場しのぎ、冷静でない、といったネガティブなイメージがともなう。(見出しの語順とは逆になるが)「かけ込み」で「量産」とくれば、いわゆるダブルパンチである。こんな見出しをつけて、社内ではOKが出たとしても(実際、出てしまったのだろうが)、社外の「大先輩方」からお叱りを受けるのではないか。

 「かけ込み」を「かけ込み」と表記する、すなわち、「駆け込み」とは表記しない程度には記者ハンドブックの類をしっかり運用している雑誌で、「量産」という言葉がチェックをすり抜けるのはどうしたことか。記者ハンドブックは守ったが、国語辞書は引かなかった、ということか。読者の投稿で「量産」という言葉が抵抗なく使われていようとも、少なくとも国語辞書に用例が載るまでは、紙面上で使うには抵抗がなければならない。

 もちろん、読者の投稿で「これでは『量産』ですよね(できればもっと丁寧に作りたかった)」とあったなら、もとの語義に従っていて正しい。その印象はともかく、校正の上では問題ない。また、「最近、読者のみなさんがいうところの『量産』(さあ、がんばって一気にたくさん作りますよ、という意気込み)」と言及する文脈で、どうしても「量産」という言葉を入れなければ意味が出ない場合も、その是非はともかく、載せてよい。ただ、いずれもかぎ括弧を付けることが必須となる。

 価値観や言葉の使われ方は揺れ動くものだ。「お手軽」や「ズボラ」も、マイナスイメージが薄れて日常に定着するまでには時間がかかっている。古くは電子レンジも悪者扱いであった。その時々、国語辞書にない語や用例が生まれてくる。かぎ括弧を付けてでも言及しておくことは、後世、いつからその用例が生まれたかを検証する材料となり、ひいては国語辞書に用例を追加するための根拠にもなり得る。むしろ積極的に言及しておきたい。

 ある言葉の用法が変化する過渡期にあって、すべての読者が新しい用法をすんなり受け入れるとは限らない。不用意な言葉で読者を惑わさない(違和感なくスムーズに読める=本題でないことに気が行かない)ようにするのが、編集や校正の役割である。

> ○市販のお菓子+板チョコで量産モード

 もう一度よく見ると、改めて悩む。「市販」なのは「お菓子」だけか、「板チョコ」も「市販」なのか。「お菓子+板チョコ」のセット品が「市販」されているのか。「板チョコ」は「お菓子」ではないのか。2月4日には「市販品」と言い換えられていることから、きっと「お菓子(板チョコを除く)」と「板チョコ」が、それぞれ「市販」だったのだろう。

 そもそも、地の文で足し算していいのか。ワープロやパソコンの普及以前、テレビやラジオを通じ、話し言葉として「それにプラスで、あれもこれも」とか「プラスアルファで」といった、口頭でのカタカナ語「プラス」の普及が先にあった。FAXの全盛期、話し言葉がそのまま手書きで文字になり、ケータイ、スマホへと至る。この過程で「それ+あれ」とか「+αで」と、記号混じりの表記が多くなっていったとみえる。間投詞とも副詞ともつかない様相で使われる「プラス」が「+」と表記されたものであって、足し算をしているつもりではないのだろう。間投詞として「プラス」が入れば、場の雰囲気として何かよいことが重なるような印象が出る。副詞として「プラス」が入るなら、話者が主体的に何かよいことをしようとしている印象が出る。「プラス」自体に特段の意味はなく、単独では意味をなさない。まさに飾りである。

・NHKトクする日本語「「プラスアルファ(+α)」野球から?」(2012年8月7日)
 http://www.nhk.or.jp/kininaru-blog/128160.html

 明治時代の野球に端を発するとされる「プラスアルファ」は、1953年の流行語である。私鉄総連が春闘で使ったという。その後、「講談社+α文庫」の創刊が1993年である。この間に、何度か流行と衰退を繰り返しているのではないだろうか。1993年ごろに再び流行したとき、先祖返りともいえる記号での表記が、かえって先進的な印象を生んだ。画数も少ない。手書きFAXで使うに最適である。家庭にFAXが普及し始めたのは1990年前後で、ケータイのメールにとって代わられるまでがFAXの全盛期である。

 野球にしても春闘にしても、当初の「プラスアルファ」は足し算であったといえるが、その後、口頭で使われてきた「プラスアルファで」という副詞的な用法は、今でいえば「オールジャパンで」くらいの重みだろうか。意気込みは感じられるが具体性がなく、足し算どころか、ゼロを掛けるようなものだ。甘い言葉しか出てこないのは、頭が働いていない証拠である。甘いものを食べてからにしよう。
posted by tht at 12:00 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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