2014年3月9日

少納言+αで探る「量産」の世界観

 工業製品でないものや抽象的な事象に対しても「量産」と表現する、近年の用例の出どころを探してみよう。この目的には、先の話とは逆に、国立国語研究所の「少納言」が便利である。

・国立国語研究所「少納言」
 http://www.kotonoha.gr.jp/shonagon/

 雑誌記事で家庭/生活に限ると、検索結果は0件だった。雑誌記事の全体に広げると、「アイドルを量産」という例が出てくる。確かにアイドルも、通し番号を名乗らせたところで工業製品ではない。ただ、「量産」といっても同じ顔をして同じ歌を歌うわけではなく、むしろ逆である。多品種少量生産で顧客の多様な要求をカバーしようという「脱・量産」の手法でありながら、アイドルという文脈では「量産」と表現される。一種の「ねじれ」である。いや、秋葉原でうまくいった手法を博多でもジャカルタでも展開しようというのは「量産」に違いない。「脱・量産」の「量産」である。

 ブログ記事(2008年)では、プロ野球の話題で「ホームランを量産」「貯金を量産」とある。ホームラン競争でにぎわう大リーグの影響が云々されたのも、このころか。本来つくりにくいもの、出にくいものをたくさん出したというニュアンスがあり、暗に「そんなに簡単に出されたら興ざめだ」という非難も含んでいるように思われる。また、「手ぶれ写真を量産」「似通ったマシンを量産」など、もっとはっきり、好ましくないものをたくさん作り出してしまうという意味でも使われている。「何かよいもの」を「がんばるわたし」が作るという文脈は、2008年にはまだなかったと思われる。

 最新のツイッターは、というと、検索結果の表示方法が独特でインパクトや量の把握が難しいものの、2月13日には確かに「かけ込み」で「量産」した旨のつぶやきが多いように見受けられる。パンダの形をした手作りチョコレートを「量産型パンダ」と呼んでいるものもある。写真も添えられていて、いかにも発射台から出撃、いや、型枠から射出されてきたパンダたちである。同じものを大量に、安定した品質で生産するのは、確かに工業的ではある。いくらなんでもそろそろ新規金型だろうとか、台所用洗剤で離型剤を落としてから塗装するのだ云々、といった世界とも、いわば「世界観のようなもの」が近いのだといえる。文句を言いながらも、楽しんでいるのだ。

 工業と工業でないものの境界は、どこにあるのだろうか。手作りチョコの量産を代行する業者が現れでもすれば、それはもはや工業だろう。友だちと合作した場合はどうか。貢献した箇所や割合を事前に明らかにしておかないと、いざ大納言を目指す時になって、トラブルの元になりかねない。ガレージでマイ コンピューターを発明しても、それは工業製品ではないが、売り出すつもりで作ったなら、最初の1台からして工業製品である。後世、マイルストンとして博物館に収められるに違いない。量産されたものより、量産される前のものにこそ、物語性ならぬ「モノ語り性」が出てくる。試行錯誤の跡が如実に残るからである。基板がジャンパ線だらけということもあろう。デバッグ用の機能が発売前に削られず、そのまま載っているものもある。まさにモノは語る。

 とはいえ、工業製品は量産されてこそ意味がある。量産化できなかった製品は世に出ない。ある製品が評価されるタイミングは3回ある。作ってよし、使ってよし、残すがよし、である。まず、量産化の可否を検討する段階で製品の候補は絞られる。次に、実際に多くの人に使われることが評判を形成する。最後は博物館である。いわゆる「世紀の発明」の真価は、1世紀かけてようやくわかってくる。21世紀でいえば、さしづめ「ジンジャー」(セグウェイ)だろうか。仮に50年かけて普及するなら、今後数年のうちに爆発的普及の兆しが見えてこなければならない。そうでなければ、ジンジャーは「登場が早すぎた乗りもの」として、失敗の博物館に収められることだろう。

 現時点では、大きな商業施設や空港などの警備で、なかば「見世物」的に使われている段階だ。市中の警備でも使われ、運送会社なども使うようになれば、その先が見えてくる。遅ればせながら、遅れていると思われたくない公的機関の現場が使うようになるのである。このころには、業務用の品に目のない一部の消費者も買いたがるようになり、数が出るようになる。メーカーも廉価版を開発したりする。やがて公道走行のルールやマナーが云々される。鉄道業界が採用するとしたら、その後だろう。携帯電話にしてもGUIのタブレット端末にしても、鉄道の現場で使われるようになったのはかなり遅い。鉄道では独自に開発した機材が長く使われることが多く、最新の機材をタイムリーに取り入れるということがなかなかできない。タイミングが合わなければ見送り、ということを繰り返した結果、ある時点での技術水準が民間の他の業界や、一般の消費者と比べて大きく見劣りするということが、よくある。

 そうでないケースも考えられる。鉄道が、とてつもなく時代を先取りする場合だ。例えば、BRTやLRTの専用レーンに、ITS(高度交通システム)対応のジンジャーは乗り入れてよいとか、レーン内ではジンジャーも自動運転できる、といった話にしていく場合である。この場合、軌道側のコストをジンジャーの運転者(免許不要なら「搭乗者」)から徴収する必要があるのかどうか、金額はどのくらいが妥当なのか等々、云々される。すなわち、鉄道、軌道の事業者としては、これまで鉄道専用に開発されてきた保安システムのコストを、道路交通、ジンジャーと分け合うことができるようになるのである。道路側としても、これから新規に莫大なITS整備を進めるよりは、鉄道側と統合していくほうが合理的である。当の利用者は、これまで鉄道では得られなかった利便性と、道路では得られなかった安全性を、同時に獲得することとなる。

 「世紀の発明」を、さらに革新的なサービスへと昇華させるには、単に工業製品として量産するだけでは済まない。むしろ量産と普及が始まってしまう前に、社会や制度のデザインまでを済ませておく必要がある。開発元が自社の利益(いわゆる「先行者利益」)だけを考え、社会的な位置付けが中途半端な製品を早々に量産してしまえば、結果的に、得られたかもしれない未来の便益を失うことにもなりかねない。残念なメーカーほど、残念な製品を量産する。いま、現に量産できるとしても、ただちに量産してよいのかは、よくよく考えたい。

 近年はウェブ検索でも時間軸を扱えるようになってきた。もちろん、検索オプションそのものは以前から用意されてはいたが、ウェブ検索において時間を明示的に扱うことに意味があるほど、時間方向の情報の蓄積が増えた、という意味である。いま、Googleで日付を指定して検索する。果たして2011年には既に「量産」の用例があった。

・教えて!goo「友チョコを量産」(2011年1月22日)
 http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6465926.html

 2009年、2010年には、オンラインゲーム内のアイテムとして「チョコ」を「量産」するという用例がある。

・個人のブログ「バレンタインの証でチョコ量産計画。」(2010年2月18日)
 http://mayonakanoro.blog56.fc2.com/blog-entry-184.html

・個人のブログ「2009/02/10の蚤の市? らぐさんのバレンタイン大冒険」(2009年2月10日)
 http://nukonuko.at.webry.info/200902/article_8.html

> 今日はバレンタインイベントが実装になりました。今年は特にクエストを進める必要もなくチョコが作れるとのこと。早速行ってみました。
> チョコドリンクとストロベリーチョコも10個単位で量産できるので、例年に比べるとかなり楽になりました。

・個人のブログ「ラグナロク2008年バレンタインクエスト微妙に攻略!」(2008年2月12日)
 http://hitokage.blog.so-net.ne.jp/2008-02-12

> ついにROでも2008年バレンタインクエスト始まりましたね。
> めんどくさいったらありゃしないよ。

・「「RO」,バレンタインデーとホワイトデーにちなんだイベント開催」(2007年2月)
 http://www.4gamer.net/news/history/2007.02/20070208171455detail.html

・個人のブログ「RO的バレンタイン」(2007年2月18日)
 http://blogs.yahoo.co.jp/okame0904/5323070.html

> 話は変わって、2週間ぶりのRO。こっちの世界にもバレンタインはあるみたいで、この季節になると材料を集めて、手作りチョコが作れるようになります。

 2007年、2008年には、ゲームのシステム上「量産」ができなかった。このため、「量産」という文脈のブログ記事は見当たらない。これが、2009年になって「量産」ができるようになったことで、チョコを「量産」という記述がみられるようになった。もちろん、これ以前から、ゲーム内で同一のアイテムをたくさん得ることを、プレーヤーたちは「量産」と表現していたのだろう。もし、チョコレートを「量産」するという用例がすべてオンラインゲームだけに由来するのであれば、現実のチョコレートが「量産」といわれ始めたのは早くて2009年ということになる。そこから5年も経てば、料理雑誌の見出しに「量産」とあっても、驚いてはいけないのかもしれない。

 と思いきや、2006年にも用例があった。オンラインゲームだけに由来するという可能性はなくなったといえる。

・OKWave「VD(バレンタイン)について」(2006年1月23日)
 http://okwave.jp/qa/q1916211.html

> 何か大量生産ができ、チョコが嫌いの方でも食べる事ができるレシピを知らないでしょぉか??
> クッキーは量産向けで簡単ですね。
> 付き合いとはいえ、量産は大変ですが頑張って作ってみて下さい

 質問者は「大量生産」と表現しているが、回答者の一部は「量産」と表現している。誰もがこぞって「量産」と表現するまでには至っていない、普及の前夜といったところか。

・教えて!goo「バレンタイン」(2006年1月20日)
 http://oshiete.goo.ne.jp/qa/1909941.html

> 結構いっぱい作ろうと思います。
> 量産しやすい、という点でクッキーをオススメします。

 こちらでも、「量産」と表現しているのは回答者の一部に限られる。2005年以前では、「量産」の用例は見つけられなかった。ここまで遡ると、さすがにWeb2.0の前夜で、利用者による投稿そのものが少ないということもあるだろう。iモードのメールのテキストでもあれば、と思うが、通信の秘密ゆえ、無理な話である。パソコン通信の衰退からブログやツイッターの普及まで、時間がかかり過ぎた。せっかくデジタルのテキストデータが生成されながら、アーカイブされないまま消えていくという、懸念していた「空白期間」が、現に生じてしまっている。

・TOKYO FM「クリスマス商戦 2004(2)」(2004年12月7日)
 http://www.tfm.co.jp/news/news_text.php?month=200412&day=20041207&page=news

> 今、とにかく熱い洋菓子界でカリスマ・バイヤーと言われているのが、人気デパート松屋銀座の始閣(しかく)理子さんだ。
> 忙しい時期だから、出来れば同じ商品を量産して利益を得たいと考えるお店側を説得して、限定20台といった松屋ならではのケーキが誕生するのだ。

 実はラジオが発信源なのか。業界用語を盛り込んで、リスナーを「事情通」になった気分にさせてくれるのがラジオである。「洋菓子」は「量産」するものなのだ、という理解をさせられたリスナーは、その理解そのままに、ラジオへ、雑誌へ、その他あらゆるメディアへと向かう。ラジオへの投書でも、ラジオで使われた業界用語が還流し、それをもってさらに業界用語が使われる方向へと加速するに違いない。ラジオの投書はどこまで保存されているのだろうか。とはいえ社外には出てこないだろう。簡単には調べられない。ここまでか。

 なお、「スイーツ」については、少納言の雑誌記事の収録範囲(2001年〜2005年)ではマガジンハウス「Hanako WEST」2001年6月号が最初の用例となる。2002年まではマガジンハウスの雑誌のみに「スイーツ」という語がみられる。2003年には、小学館「Oggi」2003年5月号、オレンジページ「オレンジページ」2003年7月17日号、角川書店「東京ウォーカー」2003年8月5日号と、各社が追随していく様子が見られる。

 2004年には、「スイーツ」と呼ぶのが気恥ずかしいとする一文が丹生谷真美「たて書きの手紙」(文化出版局)にみられる。TOKYO FMが「洋菓子」と表現し「スイーツ」という語を使っていないのも、この時点がまだ過渡期であったことを物語っている。そして、JR東日本のエキナカ第1号である「エキュート大宮」の開業(2005年3月)と前後して、世の中はすっかり「スイーツ」になっていったのであった。その後、2007年には「スイーツ(笑)」と揶揄されるに至る。大納言も1位じゃないとダメ、北海道産ばかりが優遇される、歪んだ時代である。どんなありふれた言葉にも、予想外の異次元なニュアンスが生じている可能性があると思っておいたほうがよいだろう。
posted by tht at 12:00 | コメント (0) | トラックバック (0) | ながめよみのすすめ
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